㌰クラ雑記

㌰㌰クラゲの雑な戯言です

日常生活におけるPDCAサイクル

㌰㌰クラゲです。ビジネスマン(サラリーマン?)にはおなじみの、PDCAサイクルの話をしようと思います。

PDCAサイクルとは

聞いたことがない人も多いと思うので、説明しておきます。

PDCAとは、

  • Plan(計画する)
  • Do(実行する)
  • Check(確認する)
  • Action(改善する)

という4つの行動の頭文字をとったものです。順番に行われ、これが何回も繰り返し回っていくことを「サイクル」というので、「PDCAサイクル」とは「計画し、実行して、確認して、改善することを繰り返し行っていくこと」を指します。

具体例(日常の料理で考えよう)

例えば料理をするときに、

  1. 「まずは何も用意せずにやってみよう!」と計画します(Plan)。
  2. 実際に料理を作ってみました(Do)。
  3. 振り返りをして、もっと楽に、おいしい料理作るにはどうするか考えます(Check)。
  4. 今度は「メニューを見ながら作る」のがよさそうだと考えつきます(Action)。

というPDCAが1回目。

  1. 「メニューを見ながら作る」と計画します(Plan)。
  2. 実際に料理を作ってみました(Do)。
  3. 振り返りをして、もっと楽に、おいしい料理作るにはどうするか考えます(Check)。
  4. 今度は「調味料を粉のものから先に測っておく」のがよさそうだと考えつきます(Action)。

というPDCAが2回目。

  1. 「メニューを見ながら、調味料を粉のものから先に測っておいて作る」と計画します(Plan)。
  2. 実際に料理を作ってみました(Do)。
  3. 振り返りをして、もっと楽に、おいしい料理作るにはどうするか考えます(Check)。
  4. 今度は「調理のうちレンジを使っている時間の間に洗い物をする」のがよさそうだと考えつきます(Action)。

続く……

という一連のすべてのことを、「PDCAサイクル」と呼びます。

日常で行うことを効率化したい

自分はずぼらなので、日常的に行うことを、なるべく最小限の労力で、最高の成果を出していくのがうれしいです。空いた時間にゲームや趣味、妻とのくつろぎ時間の確保ができますからね。

例えば料理、洗濯、掃除などの家事、睡眠、人とのコミュニケーションなど、日常的にやらなければいけないことはたくさんあります。

これらをいつもまじめに1~100考えてやるのは、非常に面倒です。だから、ある程度決まりを作って、自分が考えなければならないことを極力減らしたりしています。

PDCAサイクルを回すのは、非常に難しい作業

妻や仕事の同僚などを見ていてわかったのですが、一般的な方にとって、この「PDCAサイクルを回す」ということは、非常に難しい作業だということです。

そもそもの話、「改善する」理由がわからない。できていればそれでいいのに…という考えをお持ちの方は結構多いです。

先輩からこういわれたから、同じようにやる。それでよくて、それをどうやって楽をしてこなすか、みたいなことに腐心するのは、面倒だからやりたくない、といった具合です。

また、やり方を変えると、結果が変わってしまったときに責任を取らないといけないので、そんなリスクを負ってまで改善をしたくない、という考えもよく聞きます。

価値観の違いと言えばそうなのですが、自分にとって改善することが結果的に利益になることに気づいていないことも多いです。

もちろん、職場によっては、楽になったら別の仕事が回ってくるので、慣れている今の業務だけやっていたい、というメリットが、やり方を変えない側にはあります。ただ、これは個人的には、自分自身の可能性をその業務だけで終わらせてしまう(つまり給料が上がらない)という、自分の可能性の喪失になると思うので、メリットとデメリットが釣り合うのかは疑問符が付きます。

ここに、そんな中で、PDCAサイクルを回すコツみたいなものを残しておけたらいいなと思い、自分が振り返るために書き残しておきます。

1. まずは自分がどうしたいか「目標」考える

まずは自分がどうしたいのかを考えます。「もっと楽に料理が作れたらいいのに…」くらいでいいです。もっとできそうな人は、「料理にかかる時間を〇分縮める」とか具体的な目標にすると、振り返りやすいです。

2. どんな「結果」が最終的に出ていればいいのか整理する

目指すべき結果は、常に確認する(Check)の段階で、一定の視点で振り返るのに大事です。また、周囲の人も、同じ結果になっていないと困ることがあります。

例えば料理なら「味、見た目、品数は変えない」ということになったりします。

自分一人なら「見た目、品数は気にしなくていい、味だけ変わらなければそれでいい」として、ワンプレートにすべての料理を盛り付けてしまうみたいな荒業もできますが、そういうのを一緒に住んでいる方が許せなかったり、子供がいて食育も兼ねたい、という要望もあるなら、もっとたくさん気にしなければいけない点は増えます。ひとまず、今回は「味、見た目、品数は変えない」ということにします。

3. 「結果」に「目標」を組み込む

今回は

  • 目標:「楽に料理を作る」
  • 結果:「味、見た目、品数は変えない」

組み合わせると

「味、見た目、品数は変えないで、今より楽に料理を作る」

となります。

実際にやってみて振り返りをしてみる

あとは、実際にやってみて、

  • 「今までと比べて楽に料理を作れたか?」
  • 「味は落ちていないか?」
  • 「見た目は変わっていないか?」
  • 「品数は変わっていないか?」

を振り返ればよくて、そこで「味が落ちてしまったから、次は正確に測ってみよう!」となったりすれば、もうあなたはPDCAサイクルの中にいます。

知らないもの、分からないものは怖いしできない

人間、知らないし、分からないものは怖いです。

同時に、知識がないと、そもそもできないことも多いと思います。

自分は職業柄、性格柄、いろんなことを調べては試し、いろいろと失敗しながらも、良いものを取り入れるようにしています。

そんな自分がいろいろ失敗してきて、学んだことを、皆さんには苦労せずに学んでほしいので、これからもこういったことはどんどん発信していこうかなと思います。

ぜひ、あなたの人生がより豊かになりますように。

それではまた 👋

最近いやだなあ、と思ったこと

こんばんは。㌰㌰クラゲです。

今日は「最近いやだなあ、と思ったこと」を軽くまとめておこうと思います。

言ってないことを読み取って話をされる

自分「AはBでCです」

相手「なるほど。Dってことですね!でもDって良くないと思うので、やめたほうがいいと思います!」

みたいなことがたまにあります。言ってないし書いてないことを勝手に読み取られて、それを論拠に否定したりしてくるパターン。

これ、今までは「自分の説明力が足りないから起こるんだ」と思っていたんですが、最近考えを改めまして、「相手も自分から正しい意図を読み取ろうと努力する気がない」んだろうなと思うようにしました。

前にどこかで読んだんですが、世の中には、書いてあることを書いてある通りに読むんじゃなくて、書いてあることから、自分の頭の中で出来上がっているストーリーにあてはまる部分だけを取り出して、そのストーリーをもとに読み取っている人たちがいる、みたいな話を読んだことがありますが、そのパターンでもあるのかなと思っています。

こういう話のされ方を繰り返していると、自分も気分が悪くなるので、こういうことを繰り返す人に対しては説明しようとしないようにしようかなと思いました。今後の付き合い方は考えていきたいですね。

話をしても、真剣には聞いてくれない

話をするのは好きだけど、他人の話を聞くのは面倒だな、と思っているのが見て取れてしまう方も最近目につきます。そういう人とは距離を置こうかなと思っています。お互いに時間の無駄なので。

終わりに

総じて他人への期待値が高すぎる(この人はこれくらいはできるはず、というラインが高すぎる)ことに起因していそうだなと思いました。

自分の良くないところは、「自分ではない人は自分より優れている」という前提を持っていることでもあり、これが思い込みになってしまうのは良くないなと思っています。勿論、本当に優れていることもあるでしょうが、すべからくみんながそう、と思い込むのは自分にも相手にも負担でしかないなと思いなおしました。

頭が働いてないのでこのくらいにしておこうと思います。

皆さんおやすみなさい良い夢を。

解呪の記録1

皆さんこんにちは。㌰㌰クラゲです。

前の投稿から2日くらいですか?早いですね。なんでかって暇だからなんですけど。

とりあえず、休んでいるのですが、その間にいろいろと思考が整理されてきたので、まとめておく気持ちです。

縛られた思考

発端は、例の人とのやり取りにおける、「他人への意思、情報の伝達」に問題があってどんどん思考が凝り固まってしまっていたのではないかと、今考えると思います。

プライベートの問題も、愛情や思いやりの部分について自分が腑に落ちないことだったり、決断を急かされているような気持ちになってしまうことだったりで、根本は「他人への意思、情報の伝達」の部分に問題があったように感じました。

例えば、愛情や思いやりを表現する方法は、人それぞれ様々です。自分が思いやりを示す行動のつもりで行ったことが、他者からは「失礼なこと」と受け取られたりすることもざらです。

自分はこの部分について、仕事上の思考方法がプライベートにも侵食してしまい、「自分のやり方に合わせてコミュニケーションしてくれ」という状態になっていたなあ、と思ったわけです。

例の人とのコミュニケーションは、皆さんの想像を絶するほど過酷でした。(本人も激務なので、本人の精神状態に問題もあるかもしれません)

  • 昨日と言っていたことが180度変わる
  • こちらが報告しても細かい部分の語彙について注意を受ける形になってしまい、報告しているはずがいつの間にか説教に変わっている
  • キーワードを理解しておらず、その前提から説明しなければならない
  • 以前説明したキーワードを覚えておらず、そのキーワードを使うたびに同じ説明が必要になる
  • 会議中に今話してもあまり決断に影響はないことを語り始める(これについては後半は聞き流すようにしていましたが)
  • 結果的に、30分で終わる会議が2時間程度に伸びる
  • 作業時間がその会議時間に侵食されて(ある程度重要性の低い部分は作業をしながら聞いていたが)減っているので、残業でカバーすると翌日1時間ほどの説教が待っている

などなど。。。まあ、この例の人の面白発言集は後日掲載予定ですので、乞うご期待ということで。

とまあこんな感じで、相手の意図を汲み取ることをやっていたら、同じ話を100回することになったりするので、気がくるってしまうと思ったのか、どこかで見切りをつけて、例の人から読み取ってわざわざ合わせて話をするのをやめていた気がします。

で、その考え方にプライベートも引きずられてしまい、相手なりの情報伝達の方法が見えなくなっていたように思います。

プライベートと仕事は別、という当たり前のことに気づいておらず、思考が縛られていることにも気づいていない、となれば、精神状態は良くないことがわかると思います。

まあつまり、休んで正解だったなあ、と思いました。

解呪第一弾が終わった感じだと思うので、このまま休んでいけば、少しずつ正常な状態に戻っていけるのだと思います。

あと何段階縛られているのかわかりませんが、素直な自分に戻れたらいいなあと思っています。なんせこの状態がもう1年は最低でも続いている計算になるので。

この件で、妻には迷惑をかけっぱなしですが、少しずつ恩返しできたらな、とも思っています。

一応、大きなしこりが取れたのもあり、少しずつ、日常に復帰しようかなと思っています。医師の判断を仰いでからになりますが。

仕事とプライベートを分割する

リモートワークになったことで、この境目が曖昧になっていた部分もあり、今後の課題になりそうです。

何かしらルーティンを取り入れるなどして、うまく脳みそに意識させられたらいいんじゃないかな、と思っています。皆さんのおすすめのルーティンなどありましたら、ぜひコメントで教えてくださいね。

ではでは、もうすぐSplatoon3の前夜祭ですし、楽しみましょう。

またね👋

近況報告2+鈴木敏夫とジブリ展のネタバレ兼感想

おはようございます、㌰㌰クラゲです。

以前の投稿からあまり時間が経っていませんが、死ぬほど自分の生活に動きがあったのと、 いろいろ呟いていて「おいクラゲどうなっとんねん」という方が多いと思うので近況報告2として報告しておきます。

あと、ついでにこの間行ってきた、鈴木敏夫ジブリ展の感想でもまとめておこうかな~という気持ちです。

㌰㌰クラゲ限界を迎える

金曜日、あまりにも仕事ができる精神状態ではなかったので、休んで病院へ行きました。

結果は鬱状態(診断名は忘れました)とのことでした。

自分は結構ごねたのですが、医者から「あなたは今正常な判断ができているとは言えない、休め」とお達しがあり、休職をする結果となりました。

生れてはじめての幻覚、幻聴を経験

月曜日に「今週は耐えますんで、来週から休職させてください」と朝に上司に伝えたのですが、 思ったより体調が悪く、パニック症状や、生れてはじめての幻覚、幻聴を体験しました。

今までなめてたんですけど、あれ、まじで聞こえるし、見えるし、話したら反応返ってくるんですね。衝撃的でした。

でまあ、落ち着いた後に状況を見て、「あれ、ありえないくない?」となったので幻覚、幻聴だとわかりましたが、ここからが本番でした。。。。

「今見ているものは現実か?幻覚か?」と脳みそが疑心暗鬼になってしまい、ずっと周囲の状況を分析し続けて動き続ける感覚があり、 目を閉じて耳栓をして、情報を遮断しているのに、どんどん脳が疲れていくのが恐ろしかったです。

自分がまともなのかそうでないのかをずっと疑い続けなければいけない状態は、簡単に人を壊すんだなと思いました。

正直二度と経験したくないです。

とりあえず、もらっていた頓服を飲んでしばらくすると、脳みそも落ち着いてきて、なんとかなりましたが、本当に苦しかったです。 近くに誰もいなかったのも問題でした。客観的に情報を与えてくれる存在がないというのは結構ダメージがでかいです。入院という措置があるのも納得しました。

仕事も休むことが迅速に決定し、家事も妻に任せることで、一気に脳の負担が下がり、現在はこのブログを書けるくらいにはだいぶ落ち着いています。

ひとまず1週間は、現在と同じ状態を維持する方針で、その後受診し、投薬の判断などを経てから、少しづつ復帰しようかなと考えています。

脳みそがめちゃくちゃ楽

仕事+家事などの家庭での負荷がどちらも一気に取り払われたので、極端に考えないといけないことが減り、余裕が出てきました。

これを考えると、今までがいかに負荷が高かったのかがわかりますね。。。。

というような感じでした。

もうちょい日常的に負荷を上げすぎない方法を模索していきたいなと思いました。

ここからは先日行ってきた鈴木敏夫ジブリ展のネタバレ兼感想になります。

鈴木敏夫ジブリ

チケットとるのめちゃくちゃ苦労したけど、とれたので行ってきました。

ジブリ作品自体には、自分はそこまで思い入れはないのですが(とはいえナウシカとトトロは小さい時に何度も観てる)、やはり日本のアニメーション業界をけん引した人間のことを知る機会はそうそうないかな、という興味で行った感じですね(あと半分は妻がジブリ好きなので喜んでもらえるかな、という気持ちです)。

で、まあ感想なんですけど、仕事をする人間として、かなり参考になる部分が多かったし、行ってよかったなって思いました。

詳細は省きますが、大学生→編集者→取材系記事ライター→副編集長→プロデューサーみたいな経歴(だったかな?)らしくて、そのそれぞれの場所でよい人に巡り合い、最終的にジブリ一本化みたいな感じだったみたいでした。

編集部に入ったときにすでに才能を上司に買われていたこと、その後の取材経験がその後の仕事のやり方に影響を与えたこと、それを徹底的に自分の美学・哲学として貫くこと、いろんな要素があって奇跡的なタイミングで時代を作っていったのだというように、自分は読み取りました。

自分の実力だけでなんとかなる部分なんて実は一握りで、結局のところこれだけの実績を挙げた人でも、周囲の環境、人に多大に影響を受けるんだなあ、というのが全体を通しての感想でした。

特に共感したのは、人に寄り添おうとする姿勢、理論と情を使い分けるしたたかさ、自分だけではなく他人を楽にしようという思い、定量的な観測と評価と基準の作成と意思決定、そして何より、自分の置かれた環境からあらゆることを学び取り、自分の血肉としていく貪欲さでした(ほぼすべてですねw)。

特に最近は、周りを説得したり、うまいこと他人を巻き込んだり、そういう時に「人間は合理的な理論だけでは動かない」ということを実感していることもあり、非常に学びがありました。その使い分けるときの絶妙なバランス感覚は真似したいと思ってできることではないかもしれませんが、自分としては取り入れていきたい部分だなと思いました。

また、自分もマニュアルなどの重要性は理解しているものの、ここまで徹底的にできるか?と言われると疑問符が付くので、襟を正される思いでした。

結局のところ、組織をうまいこと作っていったり、いい仕事をするために必要な要素って、自分はエンジニア業界で、鈴木敏夫氏はアニメーション業界ですが、ほとんど共通しているんだなということもわかりました。先人の成功例をうまく自分の中に落とし込んで、うまいこと消化できたらなと思いました。

まあ語りたいことというかはまだたくさんあるのですが、うまく言語化できていないので、今回はこんなところにしたいと思います。 本も買ったので折を見て読みたいですね。

では皆さん、次までお元気で。私は休みます。またね👋

近況報告と自分語り

みなさんごきげんよう。㌰㌰クラゲです。いろいろと皆様に混乱を与えており、きちんと釈明したりする必要があると感じていたので、筆をとりました。

近況

結婚について

こちらのツイートの通り、2022/08/10に、付き合っていた彼女(現:妻 @_Yuki_1212 )と、入籍いたしました。

Twitterで数名結婚報告のツイートを見たことがあり、結婚するときはこの写真の撮り方で、俺もツイートしたい~と思っていたので、すごく満足でした。

この日付は、かつて共通の友人から「付き合っちゃえばいいじゃん」と言われて、自分もそこそこその気だったので「じゃあ、付き合うかどうか話をしよう」と呼び出し、「付き合いましょう」と決めた日でもあり、妻(この書き方、まだ慣れませんね)と初めてデートをした日でもありました。

ちなみに、初デートは「てんや」でした。天丼屋の。ファストフード店の。なんでって?「行ったことないから行ってみたい!」って言われたからです。

ちなみに語呂合わせで「鳩の日」なんですが、鳩って平和の象徴じゃないですか。結構良いと思いません?

んで、まぁ、入籍してすぐにお盆だったこともあって、お盆休みの期間を使って、自分の親戚がいる愛知に帰省して挨拶を済ませてきました。「奥さんも、無理がない日程があればぜひ連れてきてね」と歓迎ムードだったのと、「おめでとう!」と言いながら笑顔で思い出話をしたり、酒を飲んだりする親戚を見て、「ああ、人生において、子供(孫)が結婚するって、一大イベントなんだなあ」としみじみしたりしました。

あと、Twitterには長く身を浸しているのもあって、仲良くしてくれる方々からたくさんお祝いの言葉をいただいております。重ね重ねありがとうございます。リプライ52、リツイート6、いいね94、インプレッション数は5,481、エンゲージメントが555、詳細クリック数138、新しいフォロワー1、プロフィールへのアクセス数224と、自分史上最高の数値を記録しております。やっぱりみなさんにとっても結婚というのは一大イベントのようですね。

どうかお祝いしていただいた皆様にも、数多く幸福が訪れることを願っています。

というわけで、これからもよろしくお願いします。

お仕事について

お仕事については、転職することが決定しており、次の職場への準備、現在の職場での後始末などを現在行っている状況です。

あまり詳細は書けませんが、少しづつ進めているので、続報を気長にお待ちいただければと思います。

体調・メンタルヘルスについて

多くの方が心配しているのはこの部分だと思います。ご心配をおかけしており、申し訳ありません。

現在、適応障害チックな状態(診断は降りてません)になっており、正直あまり状態がいいとは言えません。これには複数原因があり、これさえすれば回復する!というものでもないですが、地道に解いていかなければならない作業になります。

この辺の経緯を、時系列順に紹介します。

お仕事:2021/10ごろ~現在

仕事はSEをしていますが、今の職場で当時開発中だったシステムについて、(詳細は省きますが)いろいろなことがあり、マネージャーである「例の人」による影響で、仕事がうまくいかない状況が続いており、コミュニケーションを正しくとるために、その方がわかるように言葉を言い換えたり、背景を説明したりするものの、こちらの話を聞いてくれない状況が(これは現在も)続いており、業務に対する理解もしてもらえず、業務量の調整をしてもらえずにタスクが30以上積みあがっていたり、業務量過多な状態が続いていました(が、残業すると翌日1時間以上の説教があったりしていました)。

一部状況の改善を、上層部に相談しましたが、状況が改善せず、現在も同じような状況が続いています。

プライベート:2021/11ごろ?

妻は実家住みだったのですが、このころ非常に仕事にも苦労していたこともあり、「実家を離れたい、一緒にいて安らぐ私(㌰㌰クラゲ)と一緒にいたい(意訳)」との思いを受け、それまで一人暮らしをしていた1Kの家に、翌日仕事があるとき以外は基本的には泊まってもらうようにしました。

プライベート:2021/12ごろ

そういった生活が続いていましたが、付き合って2年目だし、さすがに1Kの部屋で二人で生活するのは狭すぎる、と思い、新しく同棲する先を探していましたが、この時期に良い物件が見つかり、契約、諸々手続きをしていました。また、引っ越しもいろいろと準備したりしていました。

2022/02ごろ

新居へ引っ越し、諸々の手続きを済ませました。 引っ越しも終わり、本格的に同棲生活がスタートしました。自分の仕事がリモートワークで、妻の仕事が現場仕事ということもあり、家事は基本自分が担当することで合意し、その他いくつか同棲生活上でのルールを決めました。引っ越したら調達したかったものを見繕ったり、今後に必要なお金の計算をして絶望したりいろいろしていました。

仕事のほうは相変わらずうまくいっておらず、深夜残業もちょくちょくあり、業務量の調整は一向にされる気配はないですが、お客様をお待たせしていることもあり、とにかくお客様に最短である程度は満足していただけるシステムを納品するべく東奔西走していました。

2022/04ごろ

性生活の話や同棲し始めていろいろな問題が発覚し始めてきて、よく喧嘩をしていました。話し合いをしたり、時には周りに相談しながら、いろいろ決めたりした記憶があります。

仕事のほうはというと、なんとか品質もそこそこなシステムを完成までこぎつけて、現場の人に使っていただく段階に入れましたので、数日は平和な日々が続きました。結局そのあとまた新しいシステムを作ることになり、忙しくなるわけなんですが。

2022/06ごろ

同棲を始めて、家事の担当を引き受けたはいいものの、妻はもともとが実家暮らしで、一人暮らしを経験していないこともあって、求められる家事のレベルがかなり高く、毎日家事をこなすこと、仕事をこなすことをするだけで(年齢ボーナスが切れてきたのもあり)疲れてしまい、夜は22:00にはもうすでに眠くなってしまい、疲れも取れず、趣味の時間も一人暮らしの時との対比で1/5程度に減っていました。このころから、自分の精神や体調に不調をきたすことが目に見えて増えてしまい、それによって妻に負担をかけてしまうことが苦しく、心労がずっと続いていました。また、以前喧嘩をしたときに言われた言葉が頭にこびりついて離れず、妻にどこまで求めてもよくて、どこからは求めてはいけないのか、妻が気持ちよく日々を送れるようになるにはどうすればいいか、妻は社会人2年目なので、社会人5年目の自分より心理的に仕事の負担は大きいから、家庭では楽にしていてほしい、というようなことを考えてずっと頭を回し続けていました。

また、仕事のほうも「明日までにお願いします」というタスクがたくさん降ってきたり、割り込みで入ったタスクがあっても、もともと持っていたタスクの期限は延ばしてもらえないなどで、ストレスがかなりたまっており、仕事でもずっと頭をぶん回していました。

正直休まる時間がほとんどなく、趣味のゲームに没頭している時が一番頭を使わずに済んでいました。

2022/07ごろ

さすがに今の職場の状態を看過できなくなり、転職をいち早くすることを決定して、ひたすらエージェントとやり取りをしながら、職務経歴書や履歴書の作成、志望する業界や自己分析、書類選考が通ったら即日面接を組み、ほぼ毎日面接がある、みたいな状態でした。この月のGoogleカレンダーを見返すと、今でも気が狂いそうになります。プライベートでもいろいろとぎくしゃくしていたことがあり、心無いことを言って妻を傷つけたりしては自己嫌悪に陥るなど、このころから明らかに異常な状態でした。「いち早く今の状況から抜け出したい」という渇望と、「こんなに自分が不当に扱われるのは許せない」という怒りとに身を任せ、アドレナリンを出しまくり、精神的な不調や体調不良でいうことを聞かない体に鞭を打って、狂ったように走り続けていました。

そして現在

そういったことが続き、「まだ、大丈夫、もう少し頑張ればなんとかなる。この状態は一時的なもので、時間が解決してくれる」とずっと自分をだましだまし走らせ続けてきたのですが、ついに心も体も限界を超えて動かし続けていた反動が来てしまいました。上記の「もう少し頑張ればなんとかなる」も、心の「じゃあ、いつまで頑張ればいいの?」という言葉が日に日に大きくなってしまい、泣き出してしまったり、胃腸炎みたいな症状が出たりで、にっちもさっちもいかなくなってしまいました。

その状態でも、結婚という祝い事についてはうれしいし、素直に喜べたし、当日の皆様からの温かい言葉をいただいて、すごくうれしかったです。体調は死ぬほど悪かったですが。

そして、お盆休みを利用して、私側の愛知の親戚に結婚のご報告とあいさつをしてきました。ただ、ここでも(妻との結婚にかかわることではないところで)少し問題が起こったりして、自分がいろいろとやらなきゃいけないこと(別にやらなくても他の人がやるからいいんだけど、どうしても放っておけなかったこと)が増えてしまい、精神的にも肉体的にもさらに追い込まれる事態となってしまいました。

帰省が終わり、14日の日曜日、帰ってきて、妻とあいさつ回りについて話してお風呂に入り、就寝したのですが、翌日の月曜日の朝、アドレナリンも切れてしまい、頭がまったく働かず、起き上がることすらできない状態になり、寝転がりながら仕事用のPCで一応仕事や会議はしておりましたが、PCを前に呆然としてしまって思うように仕事ができない状態でした。何とか乗り切り、妻と2人の仕事兼趣味部屋を占領して引きこもり、寝たりゲームをしたりして、1日を終え、今日にいたります。

現在までのまとめ

おおむね上記のような状態でしたが、今日は少しばかり体調がよく、明日はかかりつけの精神科を受診しようと思っており、その前に自分のことを整理するためにもこのブログを書くことにしました。気力が最後まで続けば、書ききれると思います。皆様にはご心配をおかけしていて申し訳ありませんが、ご承知おきください。

余談:自分語り(過去と現在)

ここから先は完全に自分の過去や現在の難しい話になるので、読んでいただかなくても結構です。

今回の帰省で親戚と話をした中で、いくつか新しい事実が発覚したので、後学のためにいろいろ考察しておこうと思います。

自分の「他人の感情を推察したり、他人のために動きがちな部分」について

自分には弟が2人いるのですが、両親の話によると、昔から弟のためにいろいろ親を説得したり、ということをやっていたようです。

これらの情報は今まで聞いたことがなく、自分が他人のために動くのは、長期的に、または環境的に他人のために動くほうが結果的にいい方向に働く、という経験による学習の成果(つまり、後天的に得た能力)によるものだと考えていました。ところが、この話は、自分が物心つく前、3、4歳の時には「弟君が泣いてるから、だっこしてあげて」と母親に話をしたり、「弟が笑うことがわかると、その行動を繰り返し行う」ということをしていたそうで、どうやら後天的に得たものではなく、先天的に他人の表情、しぐさから、対象の人間(ないし生き物?)がどう思っているか、快または不快どちらの感情なのか、というのを判断し、不快を減らし、なるべく快を増やす、という行動する能力があったようです。このあたりは、まだ調べたことがなかったので、調べたいと思っています。

ただ、これについて、他人の快/不快がわかるというのは非常に不利に働く場面もあり、自分に対する精神的な負担になっていることもしばしばあるので、最近は努めてそういうことを読み取っても気づかないふりをしたり、自分がわかっていると思い込んでいるだけで実はわかっていないんだから本人の口から何か言われるまでは本当の意味ではわからない、と頭で考えて、自分がそういった部分で精神的に左右されないようにしているのですが、先天的にもしそういう能力があるのだとすると、なかなか対処に骨が折れるなあ、と思っています。

また、同時に「いや、こういうしぐさや表情、筋肉の動き、今までの相手の状況毎の反応を見れば、相手の感情は大体推察できるようになるよ」と数人にアドバイスしてきたこともあるので、この能力を後天的に習得することは、(現実的に不可能というレベル感で)かなり難しい可能性があります。

意外と「言葉に敏感」である

親戚に挨拶をしたときに、自分のことを両親が「まぁ、主夫だよ、主夫」と紹介していたシーンがあったのですが、個人的に結構不快でした。親戚の皆さんが、割と年配なので、家事などをそこそこやる自分の状況を分かりやすいように言い換えてくれていると思っているのですが、リモートワークで仕事をしながら、家事についても多くを引き受ける、しかし完全に全部自分だけで行っているのではなく、妻も仕事をしながら家事をいろいろと分担してやっている、という状況で「主夫」と言われると、あまりにも実態とかけ離れている気がしてしまって、もやもやしていました。状況に応じて言葉を選ぶことは自分もやっていることなので、そこについては全く問題はないと思うのですが、「主夫」という言葉1つだけで、これだけもやもやしてしまう自分にびっくりしました。

振り返ってみると、例の人とのやり取りでも「言葉の定義を説明しているのに、こちら側の説明をまったく聞き入れてくれない」というところにストレスを感じたりしているので、自分は自分が思っているよりも、「言葉に敏感」なのかもしれません。

なんでも否定する人が苦手

これは結構多くの人がそうな気はしますが、例の人や、Twitter、友人や両親、親戚など、いろんな人と話をする中で、7割以上「いや、それは…」という否定から入る方が何人かいます。こういうタイプの方は、過去にいろいろあってまずは否定しておく、というスタイルが染みついているのだと思いますが、私が自分の感情を伝えた時に「いや、それは…」と否定されると、自分の感情を否定されているように感じてストレスになりやすいことがわかってきました。これについては非常に難しい問題で、何でもかんでも肯定すればいいというものでもないとは思いますが、少なくとも私自身が感じたりしたことを否定されるのはつらいなと感じます。こういった方々に「そういうのをやめてください」と言って、直ることは基本的にない(本人がそれで痛い目を見て気づいて自発的、意識的に変えようと思う場合以外では難しい)ので、離れたり距離を取ったりするのが正解かな、とちょっと考えたりしました。

心無い言葉を言われても怒れない、ので、そういう人が集まったり調子に乗ったりする

昔から、自分が傷ついたとしても、相手には傷つける意図はないと信じているので、あまりそういった言動をとがめることはなかったのですが、近年「こういったふるまいをしているから結局何度も心無いことを言われてしまうのでは?」ということに気づいてきており、「傷つける意図がないことは理解しているが、自分は傷ついた」ということを伝えるようにしています。過去の経験上、私が傷ついていることを知らないと、面白がって傷つくような言葉を連呼したり、会うたびに投げつけてきたり、私がその人との付き合いを突然切ってしまったりということにつながっているので、改善したほうがいいかなと思っています。

また、「割れ窓理論」にも通じますが、そういった言動をしている人を放っておくと、同じような言動をする人が集まってきてしまう傾向にあるようにも感じます。なので、私自身を守るためにも、「傷ついた」ということをきちんと相手に伝えることをしたうえで、その人と関係性を継続するかを選択するようにしたいですね。

これまでの生き方と、これからの生き方

一人の幸せを追い求めるわけではなく、結婚して二人(ないしそれ以上の人数)で幸せを追い求めるにあたって、今までは「ある程度自分が我慢してでも、この人の幸せを優先しよう」というスタンスで生きてきたように思います。ただ、これを続けていると、自分が不幸になっていってしまい、自分が不幸になるということは、共に幸せになりたい人を不幸にすることにもつながります。これでは本末転倒です。

ですので、これからは、「私もあなたも幸せになるにはどうするか?」を追求していこうかな、と思っています。あなたの幸せが私の幸せであることは変わりませんが、自分の不幸は相手の不幸であることをきちんと理解して、お互いに幸せになるためにいろいろできたらな、と思います。たとえその時喧嘩をしたとしても、ですね。先の長そうな話ですが、地道に積み上げていきたいです。

他人のお世話をする人生をある程度やめる

先天的に他人の快/不快がわかる、という性質上なのか、振り返ってみると、他人のお世話をしてきてばかりいた気がします。家では親や兄弟のご機嫌を取り、家庭がお金で困らないように外出先ではジュースやお菓子、高い料理などは我慢したり、買っても兄弟に分け与えたり、学校では勉強で躓いている人やいじめられている人を助け、時に自分が嫌われることを覚悟して厳しい言葉を言い、誰かの悩みや相談を解決し、自分より給料をもらっている人の本来やるべき仕事がされていないときは(結果的に自分の給料は上がらなかったですが)自分がそこをカバーする、などです。

散々今までいろんな人に大口をたたいてきましたが、もしかしたら自分が一番、自分の人生を歩もうとしていなかったのかもしれません。自分を大切にすることから逃げて、自分の心の声を押し殺し、他人から頼られているというインスタントな快楽に身を浸し、自分自身は何をしたいのか、どうしてほしいのか、そういったものを考えないようにしていたのかもしれません。

だから、私を頼ってくれる方には本当に感謝していますし、力になりたい気持ちも嘘ではありませんが、今後は自分のことを第一に考えて、断る頻度も増えてしまうかもしれません。もし、それでつらくなってしまうようでしたら、積極的に私との関係を切っていただいて構いません。私は皆様が最も幸せになるためにした選択であれば応援しますし、賛同します。たとえ二度と会わないとしても。

まあでも、知り合いはたくさんいるので、自分では対応できなくても、知り合いにつなぐことはできるかもしれませんね。

コミュニケーションを自分の能力に頼って簡略化しようとしすぎない

自分はまあ、一般的な人間よりも、コミュニケーション能力が高いところがあります。これは、先述の先天的な能力の影響もかなり大きいでしょう。そのため、1を聞いて10を知るのは無理でも、1を聞いて5くらいを推察することはできます。でも、これは短期的には非常に効果的に働きますが、これが常態化してしまうと「この人には何も言わなくても伝わるから、そんなに考えないでいいや」という甘えを相手に与えてしまいます。もちろん、意思が強く、「ちゃんと伝える努力をしよう」と思える人も中にはいますので、そういった方とは常態化したとしても、より高度なコミュニケーションができるようになるので、積極的に取り入れていきたいところですが、世の中の人間の8割くらいは(自分を含めて)そんなに意思を強く持てません。楽をできるなら楽をしてしまいます。

結果的に、私が聞くまで何も話さなくなってしまったり、その人の思っていることを伝える能力が衰えてしまって、私以外の人間とのコミュニケーションに問題が起こってしまったりするかもしれません。その人が自分だけと話をするならそれでもいいのですが、あいにく私はその人の人生を背負い込めるほど、器は大きくありません。その人がその人の人生を自分で歩めるようになるのが、その人にとって一番幸せなことだと思いますので、私には自明なことでも、きちんと相手の口から言葉にしてもらうことを大事にしたいなと思います。

人間のキャパシティについて

今回のぷっつり切れてしまった経験はこれが初めてではなく、過去に何度か経験していました。が、さすがに懲りました。

今まで向き合ってこなかった自分自身の問題に今一度向き合う時が来たんじゃないかな、と思っています。簡単に変わることができるとは思いませんが、自分が生きやすいようになるべく、うまくいく方向に持って行けたらなあ、と思います。

人間には心も体もキャパシティが存在します。それを超えると自分が自分でなくなってしまう限界値。今回はそれをとっくの昔にオーバーしていて、こんな状態になってしまったように思います。そのぎりぎりでやりくりするのではなく、ある程度余裕のある部分でやりくりできるようになれたらいいな、と思っています。

高校時代の鬱について

これはいつか改めて記事にしようと思っていますが、診断をしていただいたわけではないですが、私は高校3年生の冬くらいに、おそらく鬱だったんだと感じています(鬱ではなく適応障害かも)。

2週間くらい水だけを飲んで過ごし、ベッドから起き上がれず、部屋からも出られないみたいな状態が続いたことがありました(その後、ご飯は食べられるようになりました)。幸いにもその時は自由登校だったので、卒業には影響しませんでしたが、受験のラストスパート時にそんな感じだったので、いろいろと悔しい思いをしました。

その時の感覚と、今の感覚が近いので、かなり状況は深刻だと思っています。なので、なんとか回復するための行動をとっていこうと思っています。いのちだいじに。

温めている事業案

高校生のころからずっと、自分なりの(世の中にまだない)仕事を探しているわけなんですが、それが最近すこしずつ見えてきて、こうしたらどうだろうか?みたいなのが出てきました。これがうまくいくのかどうかは、いろいろな実験や分析を経てどうするか決めたいと思いますが、うまくいったらいいなあ、と思っています。それなりに自分がやりたいことともかぶりますしね。

作りたいアプリの話

上記とは別件で、作りたいスマホアプリもあります。こちらも進めたいですが、どう時間を捻出するか悩んでいます。結構業界としては過熱しているので、早めにやりたいんですが果たして…

自分を過信しない

今回の状態になったのは、自分を過信しすぎたところが非常に大きいと思っています。「これくらいなら、自分は耐えられるだろう」を繰り返して、限界を超えてしまった側面は強いです。耐えることは時には必要ですが、それをずっと続けるようなことにならないような対処を怠らないことが大事だと思います。まだ、どうすればいいかはわかっていませんが、うまくやれる方法を探したいと思います。

みなさんも「まぁ、なんとかなるやろ」ということが「なんとかならなかった」となる前に、適宜振り返りをして、現状と予測の差を確認する癖をつけるとよいんじゃないかなと思います。

とにかく休息をとります

というわけで、とにかく一刻も早く復活するために休息します。

ご心配をおかけしますが、よろしくお願いします。

読んでくれてありがとうございました。

P.S. 文字数9950文字くらいらしい、長すぎ

Splatoon2の自分の振り返り

皆さんこんにちは。

そろそろsplatoon3の発売日が近づいてきましたね。 せっかくなので、自分のsplatoon2との記憶を振り返っておこうかなという記事です。

2017-07-21 splatoon2発売!

発売日はこの日らしいのですが、発売日に買ったかというと、記憶がありません。 でも、SwitchはSplatoon2モデルなので、発売日に買ってるかもしれません。

初の動画投稿日

Twitterに動画を上げた最初のものです。

2017-10-24だそうです。もう5年前!時の流れは恐ろしい!! この時のウデマエいくつだったか覚えていませんが、 今見返してみると、まだまだひよっこだなあ、という動きがありますので、 行っていてもSとかじゃないかなと思いますね。(A+とかかもしれない)

それから。。。。

これは2017-11-01。らぐーーい!今見返してもやばいですねこれ。

これはその5日後。エイム終わってるし、周り見えてないしやばいっすね。。。。w せめてローラーだけはやってくれ。。。

その翌日。これを見ると、めちゃくちゃきれいに連携で来て、カウント超不利から大逆転タッチダウンです。 味方の前の出方、右でやられたときに「やられた」を出してくれたありがたさ、ハイプレのタイミング…

どれをとっても完璧で、たぶんこれがあるから、味方と連携は大事、って思ったんだろうなあと感じます。

その月の終わり。この時点で、画面で視界に入った敵の位置の確認と、ホコとの位置関係から、どっちを優先して処理するべきか判断できていますね。

成長を感じる。ZAPのキューバンを敵の進行を阻害するのに使っている点もポイント高い。

12月。この月めっちゃ動画上げてる。これ記憶あるな~~w懐かしいw

ローラーでナワバリ行ってますね。発売されて半年後くらいには、いろいろな武器に手を出していたみたい。

これ確認したら、ユニクロのあったかインナー派VSあったかアウター派のふぇすですね。もうすでにエイムは出来上がっていたっぽい。

今回のオンラインチャレンジでもやったアマビのエリア。塗られそうになったのを1人で止めてますね。だいぶZAPが手になじんできているし、S~S+くらいはありそう。

2017-12-12。これはあおってると取られるよ。。。確かに慌ててただけだけど、、、、

同じ日。この相手の突っ込んでくるのを見るに、Sくらいな気がする。

5日後くらい。ちょっと自分の力を過信しすぎて超突撃してる。あんまりよくないんだよなこの動き。このころからの悪癖か~という気持ち。

味方に合わせて動き始めてる。カモンされたし、行ってみるか、でうまくいったパターン。

これおもしろかったなーーーwゲラゲラ笑った記憶w

ゴール手前まで行って「あ!違うわ!!」って落ちてくるのおもろい。(試合時間残りまだ3:30くらいあるしねw)

これも結構後の感覚につながっているやつだな~!ヘイトを取ることで、カウントを進めれる好例だった。今でもこういう判断することあります。

ていうか、この時期の動画見ると、ZAPでボム2個投げてるんで、おそらくギアがサブ容量アップめっちゃ積んでる。そういう考え方もありだなあ。

これも記憶あるな~~、この時、あ!敵みんな右側からしか来てないし、網上通ったらいけちゃうんじゃね!?って思って本当に行けちゃった記憶あります。

たまにはこういう大胆な判断も大事。…上位帯では通用しないけど。

クリスマスイブにやってるwこのころから、苦手だったジェッパを使い始めているみたい。当たらんよなあ最初のうちは。。。

クリスマスです。ランク☆なし65。。。赤ちゃんや。。。。

2018年

アサリ出たばかりかな??投げるの下手すぎて笑ってしまうww

これ、今見てもうまいなあ。ちゃんとカーリングで道作って、ハイプレで相手を抑えて、キルして。かなり会心の出来だと思う。

もうこの時から、強ポジを見る、ケアするという意識があるように見える。まあ、この後リードされたんですけど。。。。

ちなみに、リザルトも載っていて、この時はすでにS+だったみたい。半年でS+だからかなり上達速度早いほうだと思う。

これも印象深い!!!長物もっている自分の前に敵が来て「やばい!!」って思ったとき、とっさに味方がシールド投げてくれたんだよね。

これを受けて、俺もちゃんと味方のサポートしよう、助けよう、って思った記憶。。。

この辺ですでにチャージャー練習しているわね。。。

プロモデラーが俺のフェス用メイン武器になった瞬間。塗れば勝てる。

もともとヒメちゃん推しだけど、これはさすがに同情したし、かわいかった。素直に。ずっとイイダに投票すれば勝てるって言われてたからね。。。

止まってる的なんだからできるやろ、って思いますけど、今でもこれと同じことができる自信はないです。ブラスター始めたてかな・・・?

これはたぶんたまたまだけど、相手の落としたほうがいいやつを落とせててうまくいったパターン。こういう動きが狙ってできると強いんだけどなあ。。。

これも記憶ある。FPSやってた時代にフラグ職人って呼ばれてた名残。山なり軌道はやりやすいのよね。(でもこれキューバンヤグラに乗ってなくね…?)

今でも大切にしたい、相手が攻めてきた時も、退路においておくボム。たまにやれる。

これなーーーw進まずに止まるかと思ったから。。。

これもね~ボムやメインで、キルはできなくても、相手を出られなくすることでカウントを進められるって話なのよね。懐かしい。

2018-06-19。このころオクトエキスパンションやってますね。本当に難しかった。。。

オクトクリアして、オクタ使って武器が光ったときのやつ。ガチパワー1920だし多分S+だと思う。

そしてついに2018-07-11、得意ルールのヤグラで念願のXに到達!!!めちゃくちゃ長かった記憶がある。Xが導入されてから2カ月くらいかな?(元々はS+99のSplatoon1仕様だった)

エリア無視で敵陣にインク投げるエクスに腹立ったやつ。今見てもルール理解してくれ以外の気持ちがわかない。

時間差ホコショと進め方と味方との連携うまくいった気持ちいいやつ。

確かに1人でもっていってるけど、後ろで味方がヘイト取ってることにまだ気づいてないのよね。これは味方ありがとうのシーン。

2018-09-24。まじめにフェスパワー上げてた時に味わった絶望。思わず笑ってしまう。3人なことに気づいたもう一人が溶けたのが一番グッと来た。

2018-09-27。この辺になってくるとようやくチャクチ狩りを覚えてくる。

エリアを塗ってれば何とかなるの典型なやつ。今もこの精神は大事にしている。

2018-10-01。この時にはすでにホコもXだったみたい。そこそこ活躍できていそうだし、なぜここからS+に落ちてしまったのか。。。

ヤグラの乗り方。これはだいぶ参考になると思う。味方がいろいろしてくれること前提なんだけどね。

これも結構示唆に富むなー。自分が死んでも、ボムを置いておけば、そのほかの部分を味方が塗ってくれていれば確保はできるという話。 これができると、エリアもぐっと楽にカウント進められると思うなあ。

Xだと通話つないでなくてもこういう意思疎通ができるのよね(カウントリード時、敵が持ったホコを落としたら割らなくても勝ち)

そして2018-12-01、ついにエリアもXに到達。これで残るはアサリだけ。

年末にやったリグマで行く年来る年なリーグパワーを撮影。楽しかったなあ。

2019年

フェスパワーを伸ばすのも慣れてきて、2243.5を記録。これが多分、自分史上最高かな?

Xパワーもノリノリ(2273)

ホコのほうも2200を超える。この頃から伸びなくなっていった記憶。。。

Xパワー計測で初めてランキングの表示が出た時のやつ。二度と目にすることはなかったな。。。

この辺は、GGBOYZのダイナモンさんの動画をたくさん見ていて、エクス使ってみよう、と思ってやっていたときのやつ。意外と自分に合ってるのよね。

2019-08-31。この時あたりから、自分が死にすぎることに悩み始めていて、カムバックを積み始めている。

そんで、落ちていたホコをようやくXに帰り咲かせる。Xから落ちて戻すのが一番つらかった。本当に。

ムツゴアサリもヘイト買うのが結構大事なことに気が付いた試合ですね。やっぱりキル数やスペシャル数だけじゃなくて、ヘイト稼いでいるか、ルール関与しているかは重要だと思った。

2020年

そしてこの年から、だいぶゲームをする時間がスマブラに割かれるようになって、スプラから離れ気味になる。

なぜかこっから先はセンシティブ判定だけど、普通にスプラの動画です。このころにはもうジェッパもうまくなりました。。。

もう3回目のホコXあげ。いい加減懲りろ。

これは!!懐かしい!ナワバリやってた時に出会ったSTRAWBERRYさんっていうめちゃくちゃうまいスクスロ使ってた方との動画ですね!!! この後フレンド申請したら通ったんだけど、それ以降ほとんど出会うことはなかった。。。元気にしているだろうか。。。今でもあなたのことを覚えていますよ。また一緒にスプラしたいですね。 あまりにも感動しすぎて、TwitterとかYoutubeとかでアカウント探してみたけど、見つからなかったので、もしまた会えるならつながりたいな。。。

この人の動き方に衝撃を受けて、自分も頑張ろうと改めて思った記憶。本当にありがとうございます。

ちなみにこちらは記念撮影

そして、ずっと手を付けずにいたヒーローモードをやってみてクリアした記念!なんだかんだ結構苦労した気がする。

これを見るとエリアも2283なので、自分の適性Xパワーは大体2200くらいという気がする。今も成長していないから、3ではもう少し上位に食い込みたいな~

これ、フレンドのがみと落ち葉でそろえていくか~~ってフェスやってた時、ノリのいい2人組が落ち葉にしてくれて、みんなで落ち葉したとき。これがみと通話つないでやってたけど、めっちゃ面白かったなw

2021年

これはチャクチ吐く寸前に、敵のカーリングで横に押し出されて奈落へチャクチしたやつ。めっちゃおもろかった。

2021-05-30。この時期からぽぽいと仲良くブラスターチャレンジなどを始めた感じかな。振り返ると自分もうまくなれたし、この取り組みは結構正解だった。ありがとうぽぽい。

ぽぽいとのブラスターチャレンジの1800越え記念。うまくなりましたよ。ええ。

いまだアサリだけXにたどり着けない男。打開常に自分が一人でやらなきゃいけないから、単純に自分の力量に依存するのでつらかった記憶。。。

これはぽぽいの無様な死。めちゃくちゃ笑った。きれいにやられたもんな。。。

そして2022年

ぽぽいとのチャレンジのうち、ヒッセンチャレンジで、1800越えを達成。ぽぽいとの1800越えは2度目。ヒッセンめっちゃ強いね、という結論になりました。

同日、そのままヒッセンチャレンジで初の1900越えを達成。かなりうれしかったなあ。

2022-03-01、ついにアサリがXとなり、悲願の全ルールXを達成。本当に大変でした。まじで。4年かかってるんよ。

そして8月、3発売まで残り1か月

こうして見直すと、めちゃくちゃ頑張ってたし、なんならめっちゃスプラに時間とかしてる。そりゃうまくなるよね。

3はどこまでやれるかわからないけど、遊んでいきたいなあ。

できることなら、大会がもしあるなら、初戦突破くらいはしてみたいかなあ。

そんな気持ちを胸に、当日を待ちます。

みんなまた一緒に遊ぼうね。

個々人の言葉の中に無意識に存在する前提や環境について

こんにちは。夏バテで仕事を休んだ㌰㌰クラゲです。 最近本当に外が暑すぎて死んでいます。助けてください。

今日はタイトルのような話です。 先日、こういったツイートをしました。

この話ですね。 なお、この話は科学的根拠に基づいている訳ではなく私個人の主観になります。そこだけご了承ください。

脳には意識している範囲、無意識に決定してリソースを節約している範囲がある

私たちは普段話をしたりなにかを考えたりするとき、必ず意識して考える部分と、脳が今までの経験から当たり前なので考えるのを省略して「そういうもの」として処理しとている部分があります。

例えば自転車に乗るとき、私たちは基本的に「どうしたら倒れずに乗ることができるか」や「右にいきたいのでハンドルをどっちにきったらいいか」みたいなことは基本的にはあまり考えることなくやっていることだと思います。(そういう人が全てではないかもしれませんが)

それよりも、「目的地はどこか」「どこでどっちに曲がるべきか」みたいなことに多くの意識を割いていると思います。 でも、私たちにも、自転車にはじめて乗ったときがあったはずで、その時には、まず「どうしたら自転車に乗れるか」を考えていたはずです。

その時考えたことが今となっては当たり前になったから、そこは脳が無意識にできるようになっているだけで、脳が全くそのことについて考えていないと言うことではないと思っています。

これはまあ、考えてみれば当然の合理的な処理です。毎回ゼロから考えていたら大変ですからね。数学の定理を暗記せず、毎回その定理を導くことから始めるようなものです。 でも、こういった脳のリソースの節約は、無意識に行っていることが故に、自分でも気づくことが難しいです。

会話をするときも同じ

このような脳のリソースの節約は、会話をするときにも同様に行われます。 例えば「自分のような人間が東大に受かるわけがない」みたいな言葉を発したとします。 この言葉の裏には、

  • 東大は学力がなければ受かるのが難しい
  • 自分は学力が低い

みたいな自分や東大への評価や事実が脳内で無意識に前提としてあって、それらの言葉を省いて発言しています。 もっと深く掘ると

  • 勉強するのは嫌だ
  • 今から勉強しても間に合わない
  • 自分は周りのみんなのように優秀ではない

みたいな部分も省略されている可能性があります(あくまで、発言している人の環境や経験に依存します)。

したがって、相手の言葉を正しく理解するには、相手が何を前提としているか、にも気を配ると、より正しく理解する確率が上がります。

そこを解き明かそうとすること

冒頭のツイートで言うように、私はそういった相手がなにか発言をしたときに、その裏に隠れた相手の前提や、環境の条件などを聞くことがあります。 これは、相手が発言した言葉がどういう状況を想定して言っているのかを正しく理解したいからです。

正直、非常に面倒な作業です。確認される側も「いちいちそんなことから説明しないといけないのか。。。?」という気持ちになることもしばしばあります。 会社では、このようなやり取りをしたり、自分は相手は自分が想定している状況を理解していない前提で説明的に話をするので、「お前の話は長い。」と怒られたこともあります。 でも、個人的にはそれをお互いに理解、確認しているかどうかで、その後のその人とのやり取りのスピードは上がると思っています。 「この人がこういう事を言うときは、たしかこういう前提に立っているはずだから、この言葉(指示)はきっとこういう意図だ」となるからです。 もちろん、それが100%うまくいくわけではないですが、ミスったらそのたびに修正していけばいいのです。

全員が同じようにやれ、とは思わない

こういったことに興味を持てるか、エネルギーを割けるかは結構自分の性質によると思っています。 だから、私は「全員これができるようになれ」という意図でこの記事を書いたわけではありません。

ただ、そういうことがある、と知っているのと知らないのとでは、大きな違いが生まれると思います。

多くの会話のすれ違いはこの前提条件や環境設定の違いに由来するんじゃないか?と最近思っています。なぜなら、最初は意味がつながらなかった相手の発言も、 詳しく根気強くこういった話を掘っていくと、腑に落ちることが多いからです。

私達はエスパーではありません。だから相手が意識していない無意識に前提としていることや、その人が話す言葉の完全な意味を100%正しく相手が思ったとおりに受け取るのは難しいです。なぜなら、私達は相手ではなく、過ごしてきた時間や経験、そこから得た学びは全く同じではないからです。これは家族や恋人であってもそうだと思います。

だからこそ、よく聞き、話し合い、お互いが歩み寄っていくことを大切にしたほうがいいと私は思っています。

すれ違いが起こって苦しい時、この点について考えてみたり、話し合ってみるのも、また一つ学びがあるし、相手との関係を深めていく上で良いことなのではないでしょうか。

今日はこのあたりで失礼します。それでは、ごきげんよう